覚醒
天邪鬼
受験シーズン到来!
親はヒヤヒヤする時期でしょうね。
当人は周囲のプレッシャーにも敏感になっていると思います。
都会と地方では私立、公立の認識が違うようで。
都会ほど、私立のほうが良いとされて公立は滑り止めっぽい。
地方はこの逆で、公立のほうが良いとされて私立は滑り止め。
私が育った地域は地方のほうが基準。
自慢には決してならないけれど、勉強というものは普通自動車免許取得のときしかしたことがありません
高校受験時も受験勉強なんてしなかったよ・・・。
何を考えていたのか・・・と今になって思います ^^;
第一希望は工業高校!
注:私は♀
倍率は確か7倍だったと思います。
12という数字が浮かぶんだけれど、12倍だったのかな・・・?
県下には1科しかないところで、それでなくとも希望人数は多いところでした。
まっ、勉強もしていないことだし落ちるのは当たり前 (笑)
デザインを習う場を現在まで失ったままです ^^;
結局、私立に通ったわけですが、
この私立の試験は中1でも受けられるのではないか???
というような問題ばかりだった記憶があります。
ほかの私立を受けたかったけれど、そこを受けることは中学生浪人を決定付けるようなものだったのでやめました (笑)
通った高校には美術を専攻して週に何時間か習える授業も受けましたが、
単に小中学校の美術の授業に毛が生えた程度のものでしたね ^^;
落書きは今でも時々します。
ハンドメイドをする前には簡単なメモを書いて出来上がりをイメージすることもあるけれど、
デザイン画のような細かいものではありません。
ホント、落書きのようなものですね。 そこらにある紙にチョイチョイ書く程度ですから。
絵は高校生のときに書いて以来、一切描いていません。
振り返ると何も考えないようにしていた子供時代。
感情を持つことを避けていたように思います。
ただ、ひとつだけ。
高校へ行く気もなかった というのは事実。
家を出たい一心。
これもキチンと小学校から勉強していれば、
猛勉強して、親を利用し、文句なしに家を出る という方法を思いついたでしょうが、
それに気づくことが出来ないほど勉強もしていなかったし、
開いているはずの目も開いておらず、
聞こえているはずの耳も塞いで、感情を別のところへ置いている子供時代でした。
家に居たくないけど、自分が居られる場所は家しかなくて、
すべてに於いて無感情、無関心でした。
気力を持つと、頭ごなしに あんたが出来るわけない! が猛烈に降りかかってくるんですから、
気力も無気力を決め込んでいました。
最近の子供は知恵熱というものはあるのでしょうか?
私は知恵熱を起こしたことはなかったです。
初めて知恵熱だろうと思われるものにかかったのは24歳のとき。
いつの頃からかどこかに置き忘れた感情、気力、関心をそのときに取り戻したように思います。
その頃からです。 本を読むようになったのも。
疑問を感じると徹底的に調べるようになったのも。
勉強するのは本人のため。
それは分かっていると思います。
でも、それを理解している親も少ないでしょうね。
親が受験するのではありません。
親が出来るのは、子供の芽を摘まないこと。
いつもどおりに振る舞い、心の居場所をいつでも確保することでしょうね。
親の顔色を伺って受験するなんて、本人のためにならないんですから。
最近の子供が、 無感情、無気力、無関心なのは
もしかしたら、大人が自分の思うように操りたい一心で過保護を決め込んでいるからかもしれないですね。
親はヒヤヒヤする時期でしょうね。
当人は周囲のプレッシャーにも敏感になっていると思います。
都会と地方では私立、公立の認識が違うようで。
都会ほど、私立のほうが良いとされて公立は滑り止めっぽい。
地方はこの逆で、公立のほうが良いとされて私立は滑り止め。
私が育った地域は地方のほうが基準。
自慢には決してならないけれど、勉強というものは普通自動車免許取得のときしかしたことがありません

高校受験時も受験勉強なんてしなかったよ・・・。
何を考えていたのか・・・と今になって思います ^^;
第一希望は工業高校!
注:私は♀
倍率は確か7倍だったと思います。
12という数字が浮かぶんだけれど、12倍だったのかな・・・?
県下には1科しかないところで、それでなくとも希望人数は多いところでした。
まっ、勉強もしていないことだし落ちるのは当たり前 (笑)
デザインを習う場を現在まで失ったままです ^^;
結局、私立に通ったわけですが、
この私立の試験は中1でも受けられるのではないか???
というような問題ばかりだった記憶があります。
ほかの私立を受けたかったけれど、そこを受けることは中学生浪人を決定付けるようなものだったのでやめました (笑)
通った高校には美術を専攻して週に何時間か習える授業も受けましたが、
単に小中学校の美術の授業に毛が生えた程度のものでしたね ^^;
落書きは今でも時々します。
ハンドメイドをする前には簡単なメモを書いて出来上がりをイメージすることもあるけれど、
デザイン画のような細かいものではありません。
ホント、落書きのようなものですね。 そこらにある紙にチョイチョイ書く程度ですから。
絵は高校生のときに書いて以来、一切描いていません。
振り返ると何も考えないようにしていた子供時代。
感情を持つことを避けていたように思います。
ただ、ひとつだけ。
高校へ行く気もなかった というのは事実。
家を出たい一心。
これもキチンと小学校から勉強していれば、
猛勉強して、親を利用し、文句なしに家を出る という方法を思いついたでしょうが、
それに気づくことが出来ないほど勉強もしていなかったし、
開いているはずの目も開いておらず、
聞こえているはずの耳も塞いで、感情を別のところへ置いている子供時代でした。
家に居たくないけど、自分が居られる場所は家しかなくて、
すべてに於いて無感情、無関心でした。
気力を持つと、頭ごなしに あんたが出来るわけない! が猛烈に降りかかってくるんですから、
気力も無気力を決め込んでいました。
最近の子供は知恵熱というものはあるのでしょうか?
私は知恵熱を起こしたことはなかったです。
初めて知恵熱だろうと思われるものにかかったのは24歳のとき。
いつの頃からかどこかに置き忘れた感情、気力、関心をそのときに取り戻したように思います。
その頃からです。 本を読むようになったのも。
疑問を感じると徹底的に調べるようになったのも。
勉強するのは本人のため。
それは分かっていると思います。
でも、それを理解している親も少ないでしょうね。
親が受験するのではありません。
親が出来るのは、子供の芽を摘まないこと。
いつもどおりに振る舞い、心の居場所をいつでも確保することでしょうね。
親の顔色を伺って受験するなんて、本人のためにならないんですから。
最近の子供が、 無感情、無気力、無関心なのは
もしかしたら、大人が自分の思うように操りたい一心で過保護を決め込んでいるからかもしれないですね。
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- [2008-01-30 20:22] [
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は作っていません (笑)
眠気に!











